しするは今日も考える。 -Thistle Thinks GOOD Thoughts-

日常のおもしろいこと、経験から学んだことを考察中。

生活の中で幸せを感じるためには、「外のこと」は必ずしも必要ではない。

今週のお題「外のことがわからない」ときましたので、いつもわかっていないからと喜び勇んでお題に取り組んでいるしするです。

インドア生活快適。

 

退職してもうすぐ3か月になります。

有休消化もしていたので、実際にはもっと長い期間を「おうちメイン」で過ごしています。

 

予想もしていなかった世の中の変化によって、我が家の経済は大打撃を受けました。

それでも、とりあえず生きていくことはできています。

 

今回の件で改めて思ったのは、「外のことがわからなくても、結構楽しく生きられる」ということです。

新型コロナウイルスの流行が問題視され始めた頃、メディアはその関連情報であふれかえっていました。

まだ確定していない情報でさえ、さも真実であるかのように語られ、人によってはそれに振り回されて大変な思いをされたりもしています。

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本当こんな感じですよね

我が家にはテレビがあるのですが、普段はほとんど稼働していません。

フィギュアスケートの大会が地上波であるときか、なにか災害が起きたときに情報収集を目的として見るくらいです。

ネットのニュースも必要以上には見ません。

Twitterはシステムがよく理解できないのでやっていません。

最近はFacebookを見る頻度も減りました。広告増えすぎ。

 

最近は特に、情報に振り回される生活は不毛だと感じます。

生活に必要となる『情報』は確かにありますが、巷にあふれているもの全てが自分にとって必要なわけではありません。

寧ろいらないものの方が圧倒的に多い。

 

私たちは、自分が手に入れる『情報』を選ぶことができます。

自分がすり減ってしまうような情報は、あえて遠ざける方が自分を守れます。

 

実は私、ひとつ前の記事で、「正しい情報は、知っておくことで自分や周囲の人を守る力になる」とか言ってます。

そのため、前の記事を読んでくださった方は「ん?」とお思いかもしれません。

 

この情報社会で健やかに生きるためには、情報を取捨選択する必要があると感じています。

自分や周囲の人を守るためにと集めた情報によって、自分や周囲の人の心が押しつぶされてしまうようでは本末転倒です。

 

私は、人生の中で一年半ほど『世の中の情報から断たれる』生活を経験しました。

末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師として、イエス・キリストとその教え、そして自分の任地の人々のことに集中した生活を送ったのです。

世の中のこと、つまり「外のこと」はほとんど知らずに過ごしました。

天気予報は177*1に聞いたりしていました。

 

知らないことがたくさんできました。

一年半の間に、世の中はたくさん変化していました。

ちょっとだけ置いて行かれたような気持ちにもなりました。

 

でも、私は幸せでした。

 

今も、「外のこと」を知らないことで、私が逃しているなにかがあるかもしれません。

でも私には、私を大切にしてくれる夫がいて、離れて住んでいる家族がいて、みんなが健康に生活しています。

 

私は幸せです。

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夫がこの記事を読んで、「初めてブログの中でちゃんと褒められた」と泣いているんですが、どうしたらいいんでしょうか…

 

 

 

 

*1:NTTの天気予報サービスです。よく時報の117と混乱する。